先日 身内の1人が病院で亡くなりました。
胃がんだったが死の前日までわりとしっかりとはなしも出来ていたと思う。通常、病院での療養が長引くと頭の働きも鈍くなり、自然と現実からの逃避をするのか、わけがわからなくなり、意識朦朧の中少しずつ意識が飛んで行くのだろうが、今回は迫りくる自分の死を理解して逝ったのではないだろうかと思う。
病院で死ぬということ。 20年ほど前、医師である山崎章郎が書いた小説である。映画にもなったが色々な立場の人が何らかの疾患を抱えて入院してくる。それぞれの人のそれぞれの死をリアルに書き記したものだ。全編を通して貫いているテーマは「死は生と対峙して存在するものではなく、生の延長線上にある。もっといえば、死は生に属しているものである。」ということである。
立川談志も生前言っていたが、どんな死に方がいいか。というよりも死ぬまでの生き方をどうすれば納得した死を迎えられるかが大事なのだろう。
生きているということ。谷川俊太郎の詩である。なんだかほっとする詩だったとかすかに覚えている。
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木(こ)もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
日常ではあまり気にも留めないが「生きているということ」は、今起こっているすべてを感じることなのだ。
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